経営コンサル 中澤 

日経平均株価が、バブル崩壊以降の29年振りに高値って、どういう意味?

そもそも、日経平均株価ってストレートに説明できる人は100人中何名いるでしょうか。

簡単に説明すると、東京証券取引所第一部に上場する約2,000銘柄の33業種に分類された代表的な225種類の銘柄を選定しています。日経平均株価の算出方法は、その株価をもとに算出する指数のことです。

市場の取引が開始とともに5秒間隔で株価が配信されます。

日経平均株価は、景気を反映する鏡で、経済指標の一つとして判断されるケースもあります。

29年前と言ったら1991年で、まさにバブル経済が崩壊した1989年12月の大納会の最高値から崩壊して株価が下げ相場に転じた時期。その後の株式市場の長い低迷が上のグラフからも明白です。

時間を巻き戻して、バブル景気って何だったのか振り返ってみたいと思います。

これは、1986年12月~1991年2月までの、不動産価格や株価等の資産が異常なほど高騰し続けた景気で、泡のように資産価格が膨らんで消え去っていった夢のような景気でした。

バブル景気の始めりは、1985年の先進国首脳会議であるG5プラザ合意で、アメリカ経済がドル高で輸出が減少して貿易収支が赤字だったことから、日本が円高・ドル高へ誘導した経緯が終わりの始まりでした。

円高・ドル安の誘導策は、日本銀行が外国為替市場で保有するドルを売って、円を買う協調介入し、ドル安・円高となりました。

その後、日本は円高不況になった。つまり、1ドル130円から110円の円高になると、輸出の際に1ドル130円を得ていたものが110円となってしまい輸出産業にとっては大きなダメージとなりました。そこで、各大手メーカーが海外に生産工場を移転して産業空洞化などと言われました。

そこで、1985年当時の利息は5.5%を1987年2月に公定歩合を2.5%(当時としては超低金利)まで引き下げました。

それ以前の高度経済成長期の預金利息の推移を大まかにまとめてみました。

1年定期預金・・・・1952年 6.00%  1962年 5.50% 

          1972年 5.75%  1974年 7.25% 

この結果、長年高金利に慣れてきた日本では、ベビーブーマーと言われた団塊の世代が中心的な購買ゾーンも重なり土地家屋、ビル等の不動産や株式市場に流動性資金が流れ込んで、投資ブームが始めりました。

個人だけでは無く、企業も不動産や株式、絵画等様々分野に投資し「財テク」と言われ、銀行借入資金をこうした資産に投資しマネーゲームが5年程続いたわけです。

ついに、1989年12月29日の年末の大納会に日経平均株価は38,915円をピークに30年以上も高値を更新できないままです。

当時は、日経平均株価は5万円を超えて、10万円を目指すとまで言われていましたが、高値の更新はいつになるのか?散々エコノミストや有名な相場師が予想をしてきましたが、殆ど外れていました。

これが現実です。あなたは、日経平均株価が更新するのはいつ頃だと思いますか?

まとめ

バブル経済が崩壊後、海外の株式市場に比べて出遅れており、30年経過した現在もなお、更新できないまま失われた30年となっています。

預金金利も0.001%程度の歴史的な超低金利となっており、リスクが伴う株式市場に還流してもよい環境にあります。

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